一話-二

 師匠せんせいに見送られて、俺は初めて組織の外──世界へと足を踏み入れた。初めて目にする町並みに、どことなく郷愁を感じた。なぜだろう、俺は外に出たことないのに……なぜだ?
「……考えてもしょうがない、か。とりあえずこの面倒な買い物を済ますとするか」
 仕方なく一歩。また一歩と歩き始める。石畳の道は夕日で真っ赤に染まっており、道行く人々は俺に見向きもせず歩いていたり走っていたり。
 俺は確かに次期導師なのだが、世界の人々に俺がそうなのだとは発信してないのだと師匠から聞いている。次期導師、ではなく正式に導師として認められてようやく世界の人々に俺がそうなのだと発信するらしい。だから、道行く人々は俺を見てもなにも思わない。普通の、その辺にいる奴らと同じなんだろう。
「……俺はモブなんかじゃない。主役なのに」
 そんな独り言は、町の喧騒へと消えていく。小さな子ども達の笑い声や、夕刻から酔いが回っている中年男性集団の大声。そんな喧騒へと、俺の独り言は消えていく。何故だか少し物悲しい気持ちの俺に、後ろから人がぶつかってきた。驚きで振り返ると、そこには女性が一人。組織の奴等の制服にある模様がついている服を着ている……関係者か? だとしてもわからないな。
「……っと、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「あ……ああ、はい」
「急いでたもので。すみません」
 長い髪を翻すように、女性は走っていってしまった。ああ、ぶつかられたの今さら苛々としてきた……いや、こんな事で苛ついていては駄目だ。師匠にも、寛大な心を持てと言われているし。俺は次期導師! 町の人間にぶつかられただけで苛つくなんてしちゃいけない。
 というかさっきの女の人は、組織の関係者のようだが俺の事を知らないようだな……あ、そうか。組織の中でも、上の方の職位の奴しか俺の顔は知らないんだったな。それこそ、町に住む人々と同じように。
「早く一人前になって、世界中の奴らに俺という存在を広めてやる」
 今に見てろ、と強く思いながら頭のなかに浮かぶ道順を歩き続けているのだが……十分もかからないって師匠は言っていたが、全く着く気配がない。本当にこんな店あるのか? だがまぁ、もう少しみたいだ──

「……ここか」
 目の前には大きな建物。そしてでかでかと【ゆきち】と書いてある。ああ、疲れた。ここに一人で来ただけでもう良いだろ……なんだよ買い物って、ほんっとに面倒くさい……もう帰って、師匠には目当てのものは売り切れてたって言えば……あ、駄目だ。確か師匠、見送るとき言ってた。
「ハル、これはハルの為の試練なんだよ。だからサボったり、嘘をついてはいけない。まぁ、部下に見張っててもらってるから何かあればすぐ私に報告が来るから。だから、ちゃんとやるんだよ。わかったかい、ハル」
 師匠の部下が見張っている、か……って、え? ずっと俺を見張ってるんだよな? うわ、怖……どこにいるのかわからないが普通に怖い。辺りを一応見渡してはみるが、夕刻だからか買い物をしに来ている人々で溢れているため、わからない。
 考えていても仕方ない、か。さて、とにかくこのメモにある小豆、砂糖。それと白玉粉を買ってさっさと帰るとしよう。帰れば師匠がお汁粉を作ってくれるみたいだし、楽しみだ。
「こんばんは、おやっさん。今日はイカがたくさん捕れてね。おまけに鯛も捕れたもんだから追加で持ってきたよ」
「おおっ、【なつめ】の兄ちゃんか! ありがたいねぇ、それは──」
 威勢の良い声が聞こえてきたり、一人できょろきょろと店内を見回している奴がいたりと様々だ。世の中ってこんなにも賑やかなのか……組織のなかも賑やかといえば賑やかだが、俺の周りにはそういうのいないしな……俺が【次期導師】だからか組織の奴らは持ち上げてくれて……同等というか、その。友だちとかいう、そんな気軽な関係もいない……いや、違う別にそんなのいなくても全然気にしてないんだが。俺は他の奴等とは違うし。ぼっちじゃない。孤高の存在なんだ。だから……だから違う!
「……はぁ。馬鹿な事考えてないで、早く済ませて帰るとするか……ええと、まずは──」

「だーっ! くそっ、わかるかっ!」
 とりあえず砂糖を見付けたので手に取ろうとしたのだが、種類がある。こんなのわかるわけない。は? 白のと茶のがあるとか初耳だ。師匠も教えてくれてないし。なにが違うんだこれ。
「どうしたんだい? なにか困ってるみたいだね」
「……は?」
 悩んでいる俺に、にこやかに話しかけてきたのは一人の男。こいつ……さっき【なつめ】の、とか言われてた奴か。馴れ馴れしいな、なんだこいつ。
「あれ? 違ったかな、困っているように見えたんだけど」
「余計なお世話だ」
「そうかい。じゃあ僕はここで」
「あっ! ちょ、ちょっと待て!」
 なんでそんな引き際良いんだよ! お前から話しかけてきたんだからもう少し食い下がれよ!
「なんだい?」
「ひ……一つだけ、聞く。砂糖って、どれを買うのが良いんだ」
「砂糖? うーん、好みとかによるけれど……まぁ一般的にはそこにたくさん置いてある上白糖だね」
 確かに一番置いてあるな……なるほど。
「なるほどな。た……助かった」
「どういたしまして。それじゃあね」
 ひらひらと手を振りながら、男は去っていった。ああいう奴もいるのか……見知らぬ相手に親切にするとは。俺はそんなに困っているように見えたのか? それとも、隠せないオーラみたいなのがあったのかもな。うん、きっとそうだ。
「次は……お、そこに小豆があるな」
 と、手を伸ばそうとしてやめた。は? こ、こっちも種類がある……なんだこれ……一つだけにしておいてくれ。ああもう知らない事だらけだな。師匠はこういう事は教えてくれてないしな。導師には必要ない事だからだろうか。
 だが、食に関する事。つまりは生きる事に関する事なんだ。知っていたい。帰ったら師匠にそういう知識も欲しいと話しておくか。
「……さっきから立ち尽くしているけれど、大丈夫?」
「え……ああ。はぁ……」
「なにか考えていたみたいだけれどどうしたの?」
 次に話しかけてきたのは、道端でぶつかってきたあの女性。頭を下げて再度謝ってきたし、さっきの事は許すとするか。
「……小豆」
「小豆? 小豆がどうしたの?」
「かっ……買ってこいと言われているんだが、どれが良いかわかるか……?」
「……用途によるし、なんとも言えないけれど。でも一般的なのはそこにたくさんあるものかしら」
 また一番置いてあるやつを勧められた……そういうもんなのか……くそ、さっきもそうだった。
「……わかった。どうも」
「他にもわからないものはない?」
「いや、別に。ない。大丈夫だ」
 あとは白玉粉だけだが流石に砂糖や小豆のように種類ないだろ。というか見ず知らずの相手にわからないとか言いたくない。恥だ! ただの恥! 師匠相手ならまだしも知らん相手に恥かきたくない!
「そう……無理強いも良くないわね。じゃあ、頑張って」
「あ、ああ……」
 軽く頭を下げ、女性はとても良い姿勢で歩いて去っていく。さっきの男といい世の中には結構世話焼きというか……おせっかいというか。とにかく色々いるんだな。さて、次で最後だ。早く買って帰ろう──

「くっそ、広い……」
 どこになにがあるのかわからない。だが人に聞くのは屈辱的。自分の力だけでどうにか見つけ出したい。
「……ん?」
 ふと目を向けた先には、酒売り場。飲酒は十八になってからなので俺には関係のない売り場なのだが……酒売り場に、凄い剣幕でカゴにいくつも商品をいれている女性がいる。周囲の空気もピリピリとしているらしく、酒を選びたいであろう他の客たちが遠巻きにしている。怖い、俺は別に用もないし見なかった事にしよう。それよりも白玉粉だよ、白玉粉……。
「……やっと見つけた」
 なんで少し違うところに置いてあるのか。粉は全て粉のところにあるのか。嗜好品は嗜好品の場所に置いておけ! 全く……だがこれでもうあとは会計するだけだ。面倒だったがやれば早いな。よし、早く会計しようそして帰ろう。帰ったら師匠がお汁粉を作ってくれるからそれを食べて、それで風呂入ってそして寝よう。
 そうしたら、明日からはまたいつもの日常だ。
「うん……? なんか人が集まってるな」
 会計へと向かっていると、人だかりを見つけた。ここは……なんだ? 惣菜を売っているのか。だが、なんだろう時間が経っているからか質が悪いな……世間一般の奴等はこんなものを食べているのか、なんだか可哀想になってくる。哀れだな……そう思っていた俺の視界に、一人の少女の姿が入ってきた。
「なんだ、あいつ……」
 人だかりのなかをぴょこぴょこと動き回る、大きなリボンをつけた帽子の少女。そいつの目線の先には商品になにかシールのようなものを貼っている店員の姿。
「もう少し……もう少し待てばきっと……」
 なにか呟いている。もう少し……とは。なにかあるのだろうか? そのまま観察していると、店員は少女の目の前にある商品にもシールのようなものを貼った──瞬間。
「やったっ! 半額になったーっ! 私の晩御飯っ! やっと食べられる、憧れのローストビーフーッ! 美味しそう……やったーっ!」
「……美味しそう? それのどこがだ」
 喜びはしゃぐ少女の手にある商品が目に入ってきた瞬間、つい口に出てしまった。そして、その俺の一言に少女は怒りと驚愕が混じったような……とにかくありえないと言わんばかりの顔をしている。
「なっ……い、今なんて……」
「それのどこが美味しそうなんだって言った」
「はぁっ? 美味しそうでしょ!」
 ずい、と目の前に持っているローストビーフを見せられたが……時間が経っているからか色が良くない。
「うげ……ありえない。よくこんなもの食べたいと思うな、お前」
「ありえないはこっちの台詞! 私にもお店にも失礼なんだけど!」
「調理してからこんなに時間が経った品質劣化ものを、よく食べようと思うな……哀れな奴だ」
 正直に思っていることを口にしただけなのだが、少女の怒りは収まらないようだ。キッと睨み付けてくる。この俺に対してなんという態度なんだこいつ。
「さっきからなんなのほんと! ひっどい事ばっかり言ってきて……あ、わかった! あなた友だちとかいないタイプでしょっ!」
「はっ……はぁっ? それはっ……お前に関係ないだろ!」
 くそっ、人が気にしてる事を言いやがって! というか、なんでこんなやつにそんな事言われなきゃならないんだ!
「あっ、その反応! 当たりでしょ。あなたみたいなのにいるわけないもん。人が離れてくタイプだから!」
「なっ! 人が黙っていれば失礼な事ばっかり言って……お前みたいな貧乏舌の持ち主にそんな事を言われる筋合いはないっ!」
「びっ……びびび貧乏舌ぁっ? ほんっとありえないっ! っていうか初対面でなんなのほんとっ! 人様の買うもの食べるものに対してその態度っ! 人として終わってる!」
 おっ……終わってるだとっ? こいつ、俺に対して不敬すぎる!
「俺はお前みたいな下々の奴らとは違うっ! 本来ならこうして軽々しく口も聞けないような存在なんだぞっ! それもわからないのか、この田舎者がっ!」
 俺がそう言い放つと同時に、バチンッと大きな音が響き渡った。一瞬なにが起きたのかわからなかったのだが、じんじんと頬が痛みだした事で理解した。
 目の前の少女に、頬をはたかれたのだという事を。
「……っ! お前っ! なにするんだ!」
「あなたの頬に思いっきりビンタしたの」
「それはわかる! 初対面の人間にするか普通っ!」
「だってムカついたんだもん。あなたから喧嘩売ってきたんだし、とやかく言われる筋合いないからっ!」
 はああっ? なんだこいつ! ああ、じんじんと痛む……傷ついてないよな? 師匠からきつく言われてるんだ、顔は大事にしろって。
「ハル、顔に傷をつけては駄目だよ。次期導師として、してはいけない事の一つだ。理由? それはハルが正式に導師になった時に話すけれど……とにかく、その綺麗な顔に傷一つでもつけてはいけない。わかったね」
 ああっ、でもこの痛み! くそ、絶対腫れてる! このままじゃ師匠に怒られる……怒られるどころか約束を破った事により見放されるんじゃ……師匠に見放されたら、俺は。俺は──
「あなたが何処の誰だかは知らないけど、自業自得だから! 絶対謝らないしむしろ私に謝ってよね!」
「お前こそ何処の田舎者だか知らないが、俺にこんな事してただで済むと思うなよっ!」
「だっ……誰が田舎者だって言うの? わた、私別に田舎……者とかじゃないし!」
 ああ、周りに人が集まってきている。くそっ、こんな下らない事では注目されたくない! もっと身になるような事で注目されるならまだしも……っ!
「そうやって狼狽えてるのが証拠だろ。お前帝都の人間じゃないよな」
「うっ……べべ、別にどうだって良いでしょ」
「威勢が急に悪くなったな」
「うっさい!」
 と、また少女の手のひらが近付いてきた。流石に二度目を食らうわけにはいかないので避けようと体勢を整えようとしたのだが、その手が俺にたどり着くよりも前に、動きが止まった。俺も少女も、何が起きているのか一瞬理解できずにお互い目を丸くするばかり。
「あなた達、そこまでにした方が良いと思う。これ以上騒ぎになると色々面倒な事になると思うんだけど」
「えっ……すっ、すみません……」
 少女の腕を掴みその動きを制止したのは、先ほど酒売り場で大量にカゴに商品をいれていた女性。虫の居所が悪いのだろうか、眉間のシワはかなり深い。うわ、よく見たらもう片方の手には買い物袋……からはみ出さんとする程の量の酒が。見なかった事にしよう。
「というより面倒な事になってる。店の人、こっちに来てるから」
「わわっ! ど、どうしよう……お店で騒ぎ起こした罪で問われるかな……実家に連絡いったり、しないよね……うう……」
「はぁ……そんな罪、この世界にはないから。せいぜい注意されるくらいでしょ」
 頭を抱えて、うんうん唸っている少女に対し女性はかなり冷静のようだ。なんだよ騒ぎ起こした罪って。俺が言うのもなんだが常識ってもんがないのかこいつ。
「あのぉ……なにかありましたか、お客様」
 おどおどとした雰囲気の……店員だろうか。目の下に深い隈のある男が俺たちの側へと近寄ってきた。
「あの女がいきなりキレて俺を叩いてきた」
「はぁっ? それじゃ私がヤバい人みたいじゃない! っていうかあなたが先に喧嘩売ってきたんじゃんっ!」
「俺は確かにその不味そうなものに対しては正直な感想を口にしたがお前に喧嘩なんて売っていない。自意識過剰も大概にしろ田舎者が」
「さっきから田舎者田舎者って! なんなの! あなたそんなに地位のある人とか? って、そんな訳ないか。こんな人として終わってるような人が地位とかあるわけがないもんね」
 くっそ、鼻で笑ってやがる……!
「……わかった、じゃあ話してやろう。本来ならこんなとこで言うもんじゃないんだが」
「成金の家のわがまま坊っちゃんとか?」
「最後まで人の話を聞け、この田舎者がっ! 俺はな、俺は……次期導師なんだぞっ!」
 と、俺が【次期導師】と言い放った瞬間。周囲はざわつき、目の前の少女は絶句していた。
「ど……ど、導師様ぁっ? ふざけないでよっ! あなたみたいな底辺の存在が導師様なわけないっ! 導師様っていうのは、世界の人たちに神様の予言を伝えてくれて……世界の、象徴みたいな……存在でしょっ? ありえない! 嘘つくならもっとまともな嘘にしてよねっ!」
「嘘なわけあるかっ! 俺は、正真正銘次期導師っ! 先代が亡くなってから半刻内に生を受けた……正統な後継者、シグレ・ハル本人だっ!」
「だっ、だから嘘つかないでよっ! 導師様は……私の……じゃない、えっと……う、嘘じゃないっていうなら証拠を出してよ! 本当に次期導師なんだってのを!」
 得意気に目の前の女は俺にあろうことか指を指しながら鼻をならしている。腹が立つ。ひれ伏すのはそっちの方だというのに。だがどうすべきか、そう考えようとした時にか細いような、だがどこか存在感のある声が聞こえてきた。
「あのぉ……小生は組織の人間なのでわかりますよぉ」
「ええ? ええと、お客様は?」
 相変わらずおどおどとした店員の目線の先には、眼鏡をかけた隈の深い男が一人。ああ、こいつ……組織の人間がつけてるあの模様が服にある。ってことは本当にそうなんだろう。
「上司命令を受けておりましてぇ……ずぅっと次期導師様を監視しておりましたのでねぇ……っふふ、まぁ今は上司もこの騒ぎを見ているとは思いますがねぇ……うちの上司はぁ、次期導師様の事をやたらと気にかけてますしぃ」
 なんだか気持ち悪い話し方の奴だが、組織のやつというのなら確実に俺の味方だろう。
「おい、お前の上司とやらはどうでもいいが俺が次期導師というのを早く証明しろ」
「っふふ……次期導師様がこうだからうちの上司はぁ、拗らせ方がひどいんですよねぇ……それがまた良いもんですけどねぇ……っふふ」
「なにこの人……変なやつには変なやつが集まるわけ?」
「これと俺を同じように扱うな。おい、早く証明しろ」
「っふふ……焦らずとも安心してくださいぃ。こちらはぁ、この世界の人々の情報がたぁくさん載っているデータバンクのような書物でしてねぇ。ご存じですかぁ?」
 気味の悪い笑みを浮かべながら、そいつは懐から一冊の書物を取り出した。懐に入るようなサイズじゃない気がするんだが……まぁいいか。
「本来ならぁ、こんな場で出すものではないんですがぁ……やむを得ないですからねぇ。ではではぁ、ご覧下さいぃ。そちらの高貴なるお方がぁ、本当に次期導師なのだという証拠ですよぉっ」
 声高々とそいつが宣言すると共に、持っていた書物を数ページほど捲る。そうしてとあるページに辿り着くと俺の情報が文字として浮かび上がってきた。これも魔術の一種なんだろうか。原理はよくわからないが、これでこの田舎者もわかるだろう。でかでかと【次期導師】と文字が出ている。だが、俺の予想と反して目の前の女ではなく周囲にいる人々がこそこそと話し始めた。
「……あの人が、本当に次期導師様なの……?」
「うっそ、あんなのが? 顔は綺麗だけど性格はあの帽子の子の言うとおり最悪じゃん」
「先代様は規律正しい、清く美しい騎士のような方じゃったのにのぉ。惜しいのぉ」
「本当にあたしらに神の予言を伝えられるのかしら……信じられない」
 聞こえているぞ、このモブ共が。
「おやぁ、皆様信じがたいと言いたげですねぇ。次期導師様への誹謗……つまり組織にぃ……楯突くとでも言うのですかぁ?」
 楯突く、という言葉が響いた瞬間。周囲の人々は一斉に黙った。それもそうだ、生活の基盤は組織が作っている。許されない事だから。
「はぁ……次期導師様が、世間知らずなのは理解した。このまま話してても意味ないみたいだし、私が不利だろうしもういい。私、帰る」
「引き際がわかってるんだな、田舎者」
「……っ! もう二度と会わないと思うから最後に言っておくけどね。その性格直さないと、一生ひとりぼっちだからねっ!」
「はぁっ? 最後の最後になんだお前っ!」
 べっ、と舌を出しながら帽子の女は去っていった。傍らには、制止したあの女性もいる。はぁ、それにしても面倒なことになってしまった。師匠にはこの事はもう伝わってるんだろうか。
「おいそこの隈の深い眼鏡」
「はいぃ? 小生ですかぁ?」
「お前以外いないだろ……なぁ、ここで起きたことは全部師匠に伝わっているのか」
「そうですねぇ、伝わっていると思いますよぉ。小生がぁ、他の仲間と共に情報を伝え……それをまとめあげるのが上司でしてぇ、上司があの方へと伝えると聞いてますぅ」
 流石にこいつの上司とやらが俺に有利になるように師匠に伝えたりはしてないだろう。仕事だもんな。はぁ、騒ぎを起こしたり……顔に傷つけたり……師匠との約束を破ってしまった。俺は……見放されるだろうか。
「素直に謝るしかないか。買い物は中断だ。俺は帰る」
「わかりましたぁ……そのように伝えますぅ……それでは次期導師様ぁ、ご武運を……っふふ、次期導師様と話せましたぁ……っふふ……ふふふ……上司もこのくらい話せると良いのにぃ……っふふ……」
 気味の悪い笑い方をしながら、隈の深い眼鏡は人混みに紛れるようにいなくなった。おい、護衛とかしないのか。まぁ、もう帰るだけだし良い……か。
 帰路に着こうと、店を出た瞬間。来る時には吹いていなかったはずの強い向かい風が俺を襲う。
「くっそ、なんだこの風……」
 まるで帰ってくるなと言わんばかりに強く吹き付けてくる。ああもう、髪が乱れるし最悪だ。負けじと一歩。また一歩と進みながら、師匠の待つ組織を目指していくのだった──

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